大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(う)1871号 判決

被告人 加藤栄一

〔抄 録〕

そこで考察するに、被告人が被害者に「うるさいな。」と怒鳴った行為は、その性質上被害者から暴行が加えられることを予想し同人の攻撃を挑発したものとは解せられず、寝ていた被害者が起き上がり暴行行為に及ぶとは被告人としては全く予期していなかったことと考えられ、正当防衛の成立を妨げるものとは考えられない。そして被害者が被告人の寝ている部屋にわざわざ入って来て被告人の顔面を二、三回強打し被告人に前記の傷害を負わせ、倒れた被告人の前に立ち塞がって更に殴りかかろうとしたことは、被告人の身体に対する急迫不正の侵害に当ることはいうまでもない。そして、かかる状況の中で、とっさに傍にあった千枚通しを手に持って身構えたのに、被害者がひるむことなくつかみかかって来たのに対し、反撃行為としてなした刺突行為や、これを取りあげようとした被害者に対し、取りあげられたら逆に刺されると考え、続けてなした刺突行為は、かねてから、被告人が被害者に対し憎悪の念を抱き暴行を受けたのに乗じて積極的な加害行為に出たという特別の事情が認められない本件においては、被告人において、被害者の加害行為に激昂し、逆上して反撃したことが認められることを考慮しても、右被告人の行為は防衛の意思をもってなされたものと認めるのが相当である。

しかしながら、被害者が被告人に対してなした加害行為は、手拳で殴打する程度のものであったのに、被告人は千枚通しを用い、しかも被害者の左右の胸部、腹部、及び前頸部など身体の枢要部を七回も突き刺しているのであって、被告人の行為は、防衛行為として必要な程度を超えたものであり、防衛上やむをえない行為には当らないといわなければならない。

(内藤 前田 本吉)

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